クリスマス                 2009.08.21 text by カイ




 この街に来たのは、夏の盛りの暑い朝。
 正確にはこの街で目覚めた時は……といった方がいいだろうか。
 「自分」というものの存在に気がついたのは、夜明けの静寂から目覚めようとしている人気のない街中だった。「自分」はその路の中ほどで呆然と立ち尽くしていて、濃い街路樹の影に女を見つけた。
 見つけたというより、見つめられていた、という方が正しいだろう。
 女の名前は「銀朱」といった。
 「自分」は記憶が曖昧なまま銀朱の元で世話になることになり、そして「紫黒」の名を貰って四ヶ月 ―― 今に至る。


 リリリン、と今の季節には似合わない涼やかなウィンドゥベルが鳴って、紫黒は手を止めて顔を上げた。
「銀朱いる!?」
 喫茶店を兼ねたような古い雑貨店のドアを元気よく開けて入って来たのは、来年小学校に上がる少女だ。この雑居ビルしかないような街の片隅で、老夫婦と住んでいるご近所さんは、保育園が早く終わったり休みになった日は、よくこの店にきて夕方過ぎまで過ごしている。
 外は寒かったのだろう。少女は頬を真っ赤にして、二つに分けた髪を高い位置で縛った髪に、今日は珍しく銀のリボンをつけて辺りを見渡した。静かな音楽の流れる店にはカウンターに若い女性が一人いるだけで、少女の探す人は見つからない。
「店長は外出中だよ」
「なぁーんだ、ざんねん。せっかく届け物を持って来たのに」
 口を尖らせながら老婆が編んだのだろう、柔らかな毛糸で細かな模様の入ったコートを脱ぐ。小さな肩の雪は部屋の暖気に溶け、銀の雫になって、ひとつふたつと落ちていった。
「近所の所用だからまもなく帰ると思うよ」
「しょよー?」
「用事」
「さいしょからそう言えばいいのに」
「ははは……ごめんね、まだ言葉の使い方が下手みたいだ」
「そうよ、お勉強しなさい」
 すました顔で小さな鞄を開く。今日も窓辺の指定席となった、小さなテーブルと椅子で折り紙でもして過ごすのだろうと思いミルクココアを淹れ始めると、少女は珍しくカウンターの席によじのぼった。
「このお店にお客さんが来てるなんて珍しいね」
 すっかり自分の家のようにくつろぐ少女を咎める雰囲気は、この店にはない。一人静かに異国の古い冊子を眺めていた女性は、少女の声に顔を向けた。
「きれいな写真。何の本?」
「映画のパンフレットよ」
「ふぅーん、何の映画?」
「少し古いもの。この国では上映していないの」
「ラブストーリーなの?」
「そうね」
「どんな話?」
 大きな瞳で真っ直ぐに見上げる少女に、白い肌の女性は少し考えるような仕草で顔を上げて、微笑んだ。
「焔を使う魔法使いが、雪の国に住む娘と出会うの」
「幸せになるの?」
「最初から幸せなのよ。二人は出会えたのだから」
「ふぅーん……」
 少女は少し難しいとでもいうような顔で口を尖らせてから、不意にこの店に来た用を思い出したのか、鞄の中から保育園で作ったのだろう小さな手のひらほどの紙工作を取り出した。
 金と銀、色紙もラメが入っている星型やリボンなど、華やかなものばかりで端に細い紐がついている。最初に言っていた銀朱への届け物だろう。
 その幾つもの紙工作を指先でいじりながら、少女はまた質問をした。
「ねぇ、その映画に悪者は出てくるの?」
「……喧嘩はするけど、悪者なんていないのよ」
「魔法使いが悪者をやっつけるわけじゃないんだ」
「そう、魔法使いは、自分が使う魔法が大切な人を幸せにできるように、と学ぶの」
「へぇー、なんていう映画なの?」
「クリスマス。いつかこの国でも上映するといいわね」
 少女はぱっと顔を明るくしてから、思い出したように手にしていた紙工作をふたつ、差し出した。
「おねぇーさんにこれあげる。クリスマスの飾りなの」
「あなたが作ったの?」
「そう、これをクリスマスの木につけるとね、サンタさんが喜んでくれるの。おねぇーさんのところにもサンタが来ますように」
 紙で出来た小さな金の星と銀のリボンは、店の明かりに反射して輝いている。
 淹れたミルクココアが飲み頃になったのを見計らってカウンターに出すと、少女は自慢げな顔で笑ってから、小鳥を模った光るグリーンのオーナメントを差し出した。
「紫黒にはこれね。後は銀朱に渡して」
 そしてホットココアを飲み干して、脱いだばかりのコートを羽織りだす。
「もう行くのかい?」
「うん、おばぁーちゃんとケーキの材料買いに行くの! また来るね」
 そう言うと、来た時と同じように元気にドアを開けて、少女は店を出て行った。


「元気な子ね」
「いつもはあそこの窓辺で静かに遊んでいるんですけどね」
 互いにウィンドウベルを響かせているドアを眺めながら、互いに笑いあい、コーヒーのおかわりを勧めてみたが女性は静かに首を横に振った。そして今貰った、暖かな紙のオーナメントを手のひらに眺める。
「銀朱さんが言っていたプレゼントって、このことだったのね……」
 そして顔を上げて、紫黒に、と言って渡したグリーンのオーナメントを見つめた。
「金は高貴さ大切に思う気持ち、白は純潔と春を待つ想い。……そして緑は永遠の命」
「永遠の……」
「クリスマスツリーにそのオーナメントは目立たないけれど、貴方の胸に飾るととても素敵ね。何処からか来て、いつかどこかへ飛んでいく鳥みたいで――」
 言いかけた言葉を途中で区切ると、謎かけを残すように女性は立ち上がった。
「焔の魔術師と一緒の時を過ごすことはできなくても、ステキなお土産が出来たわ。銀朱さんにありがとう、と伝えておいてください」
 そう言って、淡いブルーのコートを着た女性も店を後にした。

 冬至の日の午後の物語。


                                          end
 original novel / HOME

フラッシュが苦手で普段は三脚も持ち歩かないという。
雪の中、寒さに凍えながらブレまくりの中で唯一まともに撮れた一枚。
……手持ち撮影でよく頑張ったものですよ。
2004.12.05 撮影 [ 札幌 ]  F/3.5 1/6 秒